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| のと鉄道の最新情報を中心にお知らせするコーナーです |
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| 平成13年3月31日 穴水−輪島間65年の歴史に幕 「のと鉄道」な七尾線の一部輪島−穴水間20.4キロが31日を最後に廃止され、旧国鉄時代の1935年開通以来六五年余の歴史に幕を閉じた。運行最終日となった31日はどの列車も超満員。始発列車から車両両端には、のと鉄道社員による手作りの「65年間ありがとう 穴水−輪島 2001.3.31 のと鉄道」と書かれたヘッドマークが掲げられ、駅や沿線では、最後の勇姿をカメラにおさめようとたくさんの人で賑わった。 紅白の幕で飾られた輪島駅も、さよならイベントで賑わった。お別れセレモニーで、梶文秋輪島市長は「廃止決定には無念さを感じたが、開き直って観光輪島の明日をつくらねばと努力してきた」と述べ、駅長らに花束を贈って輪島高校吹奏楽部による「蛍の光」の演奏で列車を見送った。 最終列車では輪島駅で運転士・車掌に花束が贈られ、車内では乗車証明証も配られ最後の列車の旅を楽しみながらも、沿線では残念・無念さが抜けきらないのか、夜遅いというのに、線路近くや家の中から手を振って最後の列車を見送っていた。 同区間は翌4月1日から能登中央バスが一日16往復で代替バスとして運行を開始した。 |
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| 平成13年3月2日 のと鉄道ダイヤ改正前日 のと鉄道では、JRのダイヤ改正にあわせて3月3日にダイヤ改正を行なったが、改正に伴なう列車の廃止があった。まず唯一の金沢直通のJR乗り入れの急行能登路1.4号(金沢−輪島)が穴水−輪島間の廃止を前に一足早く廃止された。この日はのと鉄道社員製作の「ありがとう穴水−輪島 急行 能登路」と書かれたヘッドマークが車両前部に掲げられた。1号では途中の能登中島で珠洲からの2号と最後の列車交換が行なわれ、車掌の車内放送によって案内されたため、最後の乗車記念にと乗車していたマニアでホームがあふれた。なお、ヘッドマークが掲げられたのは、1号が七尾−輪島間、4号が輪島−穴水間であった。 また、能登路1.4号廃止の陰に隠れてあまり注目されなかったが、七尾−能登中島間に朝夕に運行されていたのシャトル便3往復は穴水延長という形で廃止され、行先幕が唯一白で表示されていた「能登中島」の行先が見れなくなってしまった。 七尾線でも、485系のスーパー雷鳥が681系・683系「サンダ―バード」に置換えられたため、静かに消えていった。一瞬ではあるが、のと鉄道の車両と顔を並べるシーンも見納めとなってしまい、七尾駅では、能登路1号との列車交換のため、最後の能登路1号に乗車していたマニアもカメラを向けていた。 |
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| 平成12年9月2日 輪島高校文化祭にのと鉄道「缶車」 「感謝」を統一テーマにした石川県立輪島高等学校の文化祭「輪高祭2000」において、同校の生徒玄関前に、生徒会が空缶一万個で製作したのと鉄道のNT100をあしらったジャンボ壁画「缶車(かんしゃ)」号が飾られ、市民の目を引いた。横二百列・縦五十列に空缶を並べて針金でつなぎ、横13メートル・縦六メートルの大きさで、通学に長年利用してきた来春で廃止となるのと鉄道輪島−穴水間への「ありがとう」の感謝の意をこめて、生徒たちが空缶集めに協力して作成された。 翌日には、放送部が「のと鉄道に関するドキュメンタリー放送」を行ない、文化委員によるのと鉄道の歴史を写真で紹介展示した展示などが行なわれた。これだけのと鉄道を取り上げた学校の文化祭は珍しく、輪島−穴水が来春で廃止となることがきっかけだったかもしれないが、県内とくに能登地区の他の学校でも、もう少しこの廃止問題を身近な問題として取り上げてほしかった。県内の高校の鉄道研究会を中心とした高校生諸君の動向を見守りたい。 |
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| 平成12年8月7日 マヤ検 日中珠洲駅にスティ 年に数度軌道検測のためJRから「マヤ34」の車両を借りてのと鉄道内の軌道を走る「マヤ検」。いつもなら列車の少なくなった夜に走行するため、日中は「のと鉄道」内を走行するシーンを見ることはまず出来ない。今回も早朝に能登線に入ってきて(この時に検側したかは不明)珠洲駅まで到着後、すぐには折り返さずに検修線へと転戦し、日中ずっと駅に止まっていた。このように、珠洲駅で長時間停車していたのは多分はじめてであろう。過去には、宇出津・穴水での記録はあるようだ。このあと、マヤは夜の21時を過ぎてから穴水方面へとゆっくりと向かっていったようだが、夜間のため撮影は不可能だった。なお、牽引機はいつものことながら保線保守車兼除雪車であるモーターカーがあたって、JRのDE10ではなかった。 なお、今回のこの「マヤ検」の入線は、平成13年3月31日に廃止が決定した穴水−輪島間も入線しているハズだが、次期から考えると今回が最後であるとも考えられるが、情報不足のため入線したという記録・情報の確認はとれていない。 |
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| 平成12年2月28日 輪島−穴水間 廃止決定 廃止か存続かで今後の動向が注目されていた、「のと鉄道」穴水ー輪島間(20.4Km)について、この2月23日に、能登地域総合交通構想懇話会は金沢市内で開いた第4回会合で、鉄道路線廃止・バス代替を盛り込んだ提言をまとめました。これを受けて谷本正憲石川県知事は2月28日県議会2月定例会の提案理由説明で「バス輸送への転換もやむを得ないと考え、地元の心情と現実のはざまの中で、苦渋の選択をする」と述べ、廃止・バス代替に転換する考えを表明しました。廃止を表明した谷本知事は「早急に住民の足確保に向け、関係自治体と具体的な対応を検討する」とバス路線や停留所位置などの協議に入る意向を強調しました。 知事の表明によって、のと鉄道では3月末の取締役会で廃止を決定し、4月には鉄道事業法に基づいて運輸省に廃止を届け出る予定で、JR西日本に対し廃止に伴う線路や駅舎など設備賃貸契約の変更交渉も開始する模様です。規制緩和に伴う改正により、地元合意がなくても1年後に廃止が決まるため、遅くて来春には代替バスに移行する見通しとなり、のと鉄道と石川県ではJR西日本から廃止の同意を得たうえで、使用料改定の協議をすすめていく予定となりました。 |
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| 平成12年1月1日 今冬も能登路号増結で帰省輸送対処 のと鉄道では今冬も年末年始の帰省客の輸送増強対策として、珠洲駅発着の急行能登路号を通常の2両に2両増結した4両で運転した。 能登地方では、年末年始になると都会へ流出していった能登出身の人々がいっせいに故郷へと帰省する。また、各観光地で正月を迎える観光客も多く、その交通手段として、国鉄時代から鉄道利用者が多く、車両を増結しても始発駅からほぼ満席という状態の時もあったが、モータリーゼーションの発達にともない、次第に客足は鉄道から他へと変わっていってしまって、年々利用者も減少傾向にある。しかしながら、いくら乗客が減ったとはいえ、通常の2両では能登線はともかく七尾線ではどうしても乗客をさばききれないため、この時期に限って増結される。 今冬もその対処が取られ、のと鉄道線内では、上りの能登路2号が朝の時間帯ということもあって、明るい状態での線内の堂々とした4両編成の走行シーンを見ることができた。能登線内では、九十九湾小木・宇出津・鵜川からの利用者が多く、七尾線では、正月を温泉で過ごした観光客の利用が多かった和倉温泉が最も乗降客が多かったようだが利用者の評判は今ひとつで、これも車内アコモされたとはいえ時代の流れに遅れてしまった感は否めず、全国的に珍しくなってきた今だ急行列車にキハ58系が健在しているのも要因かもしれない。 なお、全世界が見守ったY2K問題も、のと鉄道は大きなトラブルもなく無事正月を迎えた。 |
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| 平成11年11月13日・14日 今年も開催された甲駅のオユ10まつり 昨年は、10ならびにあわせて開催された保存車両活用研究会・甲郵便局主催(能登鉄道友の会は協力)の能登線甲駅のオユ10の内部公開とイベントが、今年は11並びということで、11月11日にもっとも近い土日の日ということでこの日が選ばれた。今年の公開で二回目で、夏には列車番号をペイントしてドレスアップしての公開ということで、イベントのほうももりだくさんで、郵便車内では、郵便物の区分け作業の実演や区分競争、ジャンボ年賀状の作成、鉄道ビデオの上映、のと鉄道の写真展示・保存車両活用研究会の活動報告展示、郵便局の出張販売など行なわれ、ホームでは、オユ10をスケッチしてもらい、それをラミネート加工して下敷きにしてプレゼントするというイベントが行なわれた。また、駅舎では、のと鉄道の社員が、この秋に発売された記念切符の出張販売を行なって祭りをもりあげてくれた。 当日は、晴天にも恵まれて多くの来場者が訪れたものの、各地で文化祭などの催しが行なわれていたこともあって、人でいっぱいになった・・・とまではいかなかったのが残念だった。 |
| 平成11年10月3日 珠洲駅に日中”珍客”?現われる 3日の日中、珠洲駅の車両検修庫の前に保線用のモーターカーが停車しているのを発見した。モーターカー自体は、線路を守る裏方として時折宇出津や鵜川・穴水などに日中は待機して目にし、夜を中心に動いていてとりわけ珍しいわけでもないが、珠洲駅の、それもNT100などの検修がおこなわれる線に日中堂々?と停車していたのは珍しい出来事だ。 検修庫のシャッターも下ろされたままだっただけに、保線作業のための待機、車両故障の救援あるいは構内の入換作業にあたっていたのかなどいろいろ考えられるが、なぜそこにいたのかは不明であるが、いつもとはかわった駅の光景に驚いた。 その後の調査で、鵜飼ー松波間において、通信ケーブル・レールなどの取り替え作業が行なわれており、それの資材運搬にあたっていたことが判明しました。 |
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| 平成11年9月25日・26日 「旅と鉄道の愛好会・白鳥」創立20周年記念団体臨時列車運転 石川県金沢市にある金沢大学と金沢工業大学の鉄道愛好会では、母胎となる「旅と鉄道の愛好会・白鳥」の創立から20周年となることを記念して、のと鉄道に記念の団体臨時列車の運行を企画し、のと鉄道の協力のもとヘッドマークをつけた列車が、のと鉄道の七尾・能登両線を走った。 25日は七尾ー輪島間と輪島ー穴水ー蛸島ー珠洲間で一般車を利用して運行され、翌26日は珠洲ー縄文真脇ー七尾間でお座敷車両を利用して運行された。両日とも列車の全面には特製のヘッドマークが掲げられ、秋の能登路を快走し、創立を祝った。 のと鉄道に、乗客が持ち込んだヘッドマークを掲げて列車が走ったのは久々のことであった。 |
| 平成11年8月21日 お座敷列車好評につき第三弾「やわらぎ号」完成 平成9年にスタートしたお座敷列車は、今年4月にグレードアップしてデビューした二両目の「やすらぎ」が加わってからの4ヶ月で運行回数は200回を超え、年内の土日は予約でほぼいっぱいの状態となっており、集客力のアップからも登場が待たれていた。「やわらぎ号」と名づけられたこの車両はNT111の内部を200万円かけて改造され、「やすらぎ」と同様に車両の前後に木目調の引き戸を設け、室内感覚を高めており、椅子を撤去して畳を敷き詰め、通信カラオケを備え、天井には提灯が飾られ、窓のすだれとともに涼感を漂わせたつくりとなっている。ヘッドマークも専用のものが作成され、温泉につかってのんびりしているギャル?がデザインとなっており、完成度は高い。 当面は最初にデビューした「くつろぎ号」を予備車として、「やすらぎ号」「やわらぎ号」で運行される。定員はないが約30人は乗車可能で、貸切料金は一日4万円となっている。くわしくは、のと鉄道まで |
| 平成11年7月18日 オユ10ドレスアップ 昨年10月に保存車両活用研究会の手によって奇跡の?復活を果たした甲駅に留置されているオユ10が、より実車に近くにとこのほど、車体塗装補修と車体表記の記入・郵便マークの記入の工事が施され、よりきれいになった。当日は早朝に雨が降り作業が出来るか心配されたが、祈りが通じたかはるばる遠くから4人が駆けつけて、作業にとりかかるころにはすっかり雨もあがって、作業も順調に進んだ。鉄道マニアの姿も見うけられたが、当日は車内の公開は行なわれなかった。11月には、再び一般公開される見込みで、現在準備がすすめられている。 |
| 平成11年6月4日 「能登キリコ祭りめぐり切符」発売 のと鉄道は、能登各地で行なわれるキリコ祭りにあわせて、7月7日から9月20日の間に祭りを巡るのに使用できる徳用切符「能登キリコ祭りめぐり切符」を6月10日から発売する。 乗車券には、石川県羽咋市在住の日本写真家協会・三軌会の渋谷利雄氏の撮影による17箇所のキリコ祭りが紹介されており、切符はこのうちの3箇所の祭りを見に行く際に使用できるようになっており、使用方法としては、乗車駅はのと鉄道の駅ならばどこからでも可能で、乗降駅は祭り開催の最寄駅のみとなっており、三人同時に使用することも可能で、祭りの開催当日から翌日まで有効となっており、急行列車にも乗れる大変にお得な切符である。料金は大人2200円で、子供(小学生まで)1100円となっている。 |
| 平成11年5月8日〜5月10日 サワ座「わくわく団らん」能登線へ一年ぶりの入線 今や当たり前になってしまった感のあるサワ座ののと鉄道への入線だが、今年もゴールデンウィーク明けの土日に実現した。特筆すべき点は土日の貸し出し運用で、JR西日本が多忙期の平日ではない、稼ぎ時の土日に貸し出ししたということは、どういうことなのだろうか。 ともかく、毎年参加人数が少ないため実施が危惧されていながらも、何とかのと鉄道の経営努力によって持ちこたえている感がありありだが、今年も何とか新緑の映えるのと鉄道沿線にあのきれいな車体が走った。今年の牽引機はDE10 1030機(金沢区)があたったが、車体の塗装状態が大変良好できれいだったため、いっそう映えて写ったのはいうまでもない。 今年の行先は、「しまなみ海道と四国金毘羅参り」となったため、行きは珠洲から福山まで、帰りは新大阪から珠洲までの運用となった。能登線内の有効長の関係で今年も一両減車の五両編成となったが、コントラスト、配色的に見ても何ら違和感がなくなったように思えるのは、のと鉄道になじんだせいだろうか。 |
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| 平成11年4月8日 お座敷列車二弾 ”やすらぎ”デビュー かねてから改造工事がすすめられていたのと鉄道の二両目となるお座敷列車「やすらぎ号」が完成し、珠洲駅で出発式が行なわれた。 珠洲駅で行なわれたセレモニーでは、西田和行石川県参事(のと鉄道担当)の挨拶のあと、内浦町のミス恋路から運転士に花束が贈られ、このあと試乗会が行なわれ、招待客らは車窓に流れる能登の春の風景を満喫した。 この「やすらぎ号」は、すでに運行しているお座敷列車「くつろぎ号」が観光客や地元住民らに人気で、昨年度は代用車両を含めると年間約350回の利用があるなど予約に対応しきれなくなってしまったため、既存のNT100(NT127)を改造した。内装のほとんどは社員の手作りで広さは約18畳。窓を障子戸にし、木目調の引き戸や床の間も備え、壁をヨモギ色で統一するなど、純和風を基調とした内装になっていて、車内中央には大和風火鉢三台と通信カラオケを設置してある。車体の外装には、沿線市町村の観光名所や名物のシール式の写真が貼られている。定員は36人となっており一日乗り放題で一車両四万五千円(詳しくはのと鉄道まで)となっている。 |
| 平成11年3月26日 ”代走”七尾行 急行「能登路」 走る 前日の金沢発珠洲行きの急行能登路3号が、JR七尾線の津幡町地内の踏切で自動車と衝突し、運転不能となってしまった。 このため、事故車両は金沢運転所まで事故回送され、列車はそれ以遠は運転打ち切りとなり運休となってしまった。このため、珠洲駅で一晩ステイして、翌朝金沢に向う急行能登路2号の車両のやりくりがつかなくなったため、下り一番列車の321D(二両編成)蛸島行きの七尾側の二両目を珠洲駅で切り離し、それを急行として仕立てるというはなれわざ?で運転された。学校が春休みに入っていたため混乱はなく、一両編成の代走の七尾行の急行能登路号は定刻に、残念ながらほんの数名の乗客を乗せて珠洲駅を発車していった。全面の行先表示機には白色をバックにして急行 七尾と掲げられていた。のと恋路号が検査のため検修庫に入った時にはよく見られる形だが、単行での形は珍しい。七尾で本来のキハ58系の能登路号が待機(当日の能登路1号で車両回送)して乗り換えで七尾以遠に向ったらしい。 |
| 平成11年3月15日 マヤ検 能登線に入線 3月15日、能登線にマヤ検(高速軌道試験車)が走行した。 第三セクター鉄道になっても、安全対策のためマヤの入線は義務づけられているようで、 何度か入線しているものの、JRからの借り入れということもあって、走行するダイヤも制 限されているようだ。 今回も七尾から能登線の宇出津へは、朝のうちに到着していたが、宇出津から蛸島の 検査は列車の少なくなった20時以降に行なわれた。牽引機はJRのDE10ではなく、の と鉄道所有のモーターカーがあたった。モーターカーといっても先頭がラッセル仕様になっ たもので、マヤ34 2005(京キト)がモーターカーに牽引される姿は珍しい。 列車は蛸島まで直接走行した後、折返しは珠洲まで超スローの推進運転で、珠洲駅の 上り本線で油圧によるモーターカーの方向転換でラッセルの向きを穴水側に変え、再び 列車の先頭に立って、穴水へ向かった。当日はあいにくの雨であったが、静まりかえった 能登に、モーターカーの大きな音が印象的だった。 |
| 平成11年2月12日 サービス向上へ意識改革 2月12日付北國新聞のと版の記事として、能登各地のいろいろな人のコメントを掲載した「応接室」というコーナーがある。そこに、のと鉄道穴水駅長の大井勇氏が、熱き思いを語った。 記事をそのまま紹介すると、 大井駅長は列車の安全運行に万全を期すうえに、社員には商売をしている意識を持つことを求め、「それが乗客に対するサービス向上につながる」と強調する。年間三億円近い赤字の圧縮は容易なことではないが、社員一人ひとりの意識改革が経費節減への第一歩との思いからてである。 今年度の輸送人員は、12月末現在で前年比96.8%にとどまる。利用客は年を追うごとに減り続けているが、「のと鉄道は交通弱者のための鉄道の側面も持つ」。跨線橋の階段を上らず改札前で乗り降りできるよう、列車の発着ホームを調整するなど、高齢者への配慮も怠らない。 と、なっている。のと鉄道の社員の意気込みがひしひしと伝わってきそうな記事であった。 |
| 平成11年2月10日 「走る宴会場」人気 お座敷列車 軌道に 2月10日付北國新聞のと版の記事として、のと鉄道のお座敷列車「くつろぎ」号が、月平均約30件の利用を集める人気となっていると報じた。 記事によると、一日乗り放題で三万円の安さが魅力で、「走る宴会場」として沿線住民の懇親の場にも活用され、奥能登観光のバスツアーのコースにも組み込まれており、のと鉄道の旅客増を狙ったアイデアが軌道に乗った格好で、花見客が見込める四月には、お座敷列車をもう一両増やす予定であるという。平成9年12月から運行を始めて、平均運行日数は土日を中心に月二十日前後と安定した運行本数を確保しており、貸切料金がのと鉄道全線一日乗り放題で三万円。三十人で利用すれば一人千円で済む安さのため、ちょっとした旅行気分も味わえるとあって、チラシや口コミで伝わり、同窓会や町内会・老人会など各種団体の懇親会に利用が広がっている。旅行業者とも提携し、日帰りバスツアーや県外からの奥能登観光ツアーの目玉の一つにもなっている。 とのことだ。これからも、たくさんの利用者があることを期待したい。 |
| 平成11年1月5日 シリンダーの凍結が原因の車両故障で列車遅れる 午前6時34分ごろ、穴水町の甲駅で、停車していた普通列車の穴水発蛸島行きの下り始発列車(二両編成)が発車しようとしたところ、後部車両が動かなくなり、約一時間半後に後部車両を切り離し、運行を再開した。この故障の影響で、この故障した列車を含めて上下計三本が最大一時間半程度遅れ、学校が冬休み中だったこともあって大きな混乱はなく、通勤客ら約50人の足に影響した。のと鉄道では車両故障の原因を調査した結果、ブレーキを作動させるためのシリンダーの一時的な凍結だったことを突き止めた。今後はシリンダーが摂氏何度で凍結するかを早急に調査し、三月ごろまでに車両を定期点検するなどして対処するとしている。 |
| 平成10年12月29日 「くつろぎ号」でカキに舌鼓 能登の冬の味覚のひとつであるカキを列車内で焼いて楽しむお座敷列車「くつろぎ号」が運転された。畳敷きの車内に珠洲市の珪藻土でつくられたコンロ五基が置かれ、当日は試運転ということで、県内の旅行業者や老人会・各種団体から25人が招待され、参加者は車窓から能登半島内浦の冬景色を眺めながら、冬の旅を満喫し、カキに舌鼓を打った。カキは七尾西湾や穴水湾で捕れた地元産の鮮度抜群のものが用意された。列車は七尾駅を午前10時45分に出発し、宇出津駅まで約1時間10分の所要時間で運行された。列車内では心配されたカキを焼く時に出る煙に注意していたが、運行前にも試験されていたため問題はなかったようだ。のと鉄道では、今後四季折々の地元の旬の味覚を賞味しながらのイベント列車を走らせたいとしている。 |
| 平成10年12月8日 のと鉄道に女性運転士誕生 のと鉄道に勤務する畑中小百合さん(29歳)が中部運輸局から動力車操縦者運転免許の実技試験の合格通知が届き、鉄路では石川県初の女性運転士が誕生した。畑中さんは平成3年にのと鉄道に入社し、七年間車掌として勤務していたが、女性が社会の多方面で活躍しているのに刺激を受け、のと鉄道の運転士募集に応募し、訓練をうけていたもので、中部運輸局によると、全国で運転士の資格を持つ女性は30人前後で、複数の自治体を結ぶ鉄道では、畑中さんが初となる。畑中さんは、17日中部運輸局で免許を受け取った後、約一ヶ月間指導運転士と乗務し、平成11年1月に独り立ちする。 |
| 平成10年12月8日 のと鉄道ダイヤ改正 のと鉄道はJR西日本のダイヤ改正にあわせてダイヤ改正を行なうと発表した。それによると、利用者の低下から、 またもや思いきった本数の削減のダイヤとなった。利用者の極端に低い列車のうち七尾ー穴水間で1本、穴水ー珠洲間で1 本と小幅な削減だったが、現在も廃止の論議が行なわれている穴水ー輪島間にいたっては8本もの削減となってしまった。そのため、同区間の能登三井駅での列車交換がなくなってしまい、穴水ー能登三井間で行なわれているタブレットによる交換はなくなってしまい、スタフ式となる公算が強くなってきた。列車制御のCTC化などで全国的にも少なくなってきただけに、廃止となってしまうと一つまたのと鉄道の楽しみが消えてしまうのは残念なことだ。また、同区間を走っていた午後の金沢直通の急行「能登路」も利用者が少ないため廃止となってしまい、能登線の珠洲乗り入れと七尾線の輪島乗り入れに完全に分離され、別系統の運転となった。 |
| 平成10年10月10日・11日 オユ10一般公開 能登線の甲駅の側線にのと鉄道の開業以来留置されていたオユ10が、福井県を中心に活動している保存車両活用研究会のメンバーの手によって見事に復元され、内部が一般公開された。 同車両は、のと鉄道が開業前から活用法を探っていたものの、なかなか良い案も出ないまま年月は流れていったが、それにともなって車両も老朽化してきた。海岸の近くに留置されていることもあって特に錆がひどく浮き上がり、太陽光線によって車体も傷み、色褪せてしまった。予算も少ないため処分するにもままならなかったが、保存の申し出があったため保存車両活用研究会に譲渡され、今年の春に二日間かけて修復作業が行なわれ、今回の公開となった。 今回の公開にあたっては穴水町をはじめ、のと鉄道・穴水郵便局も協力し、記念入場券・ふみカードも発売・販売され、地元甲地区でも、特産品の販売にあたったが、雨にもかかわらずたくさんの来場者で賑わった。 |
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| 写真左上 修復前のオユ10 平成9年10月撮影 | 写真中央 修復後のオユ10 平成10年7月撮影 | 写真右上 ペイント後のオユ10 平成11年10月撮影 |
| 平成10年6月6日 ゆめのと号ヘッドマーク付で運転 珠洲市で行なわれた「全国酒づくり・まちづくりサミットIN珠洲」開催にあわせて、のと鉄道では金沢から直通の臨時列車”地酒列車 ゆめのと号」を運行した。 金沢8時8分発発のJRの定期列車「急行 能登路1号」輪島行き(2両)に、4両増結という形で運転され、穴水で分割され能登線の珠洲まで運転された。車両はのと鉄道の金沢直通列車に使用されているJR西日本金沢総合車両所所属のキハ58系4両で、日中にのと鉄道能登線をキハ58系4両が走るのは珍しいことである。 車内では、地酒の飲みくらべやクイズなどで大いに盛り上がったようで、珠洲に到着した時にはすでに乗客の大半はかなり酔っ払ってご機嫌で、千鳥足でサミット会場へと向かった。当然車内は酒の匂いで充満していた。車両は珠洲駅到着後すぐに金沢まで返却回送され、乗ってきた乗客の帰りの足はバスとなった。 |
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| 平成10年5月24日25日 珠洲市民号4連で運転される 毎年恒例のように運転されていた「珠洲市民号」だが、今年の市民号はNT100形4両による堂々とした編成で運転された。 蛸島駅から順番に集客し、珠洲市内各駅に停車しながら目的地の和倉温泉へ目指した。今回は中間にデビューして間もないお座敷風車両「くつろぎ」も連結され、普段とは違った旅の演出もなされた。 今回は4両編成で運転されたが、能登線内の定期列車に4両編成の列車は残念ながらないため大変珍しい事である。すっかり緑にそまった能登路を駆け抜ける列車は堂々として映えていた。 |
| 平成10年5月12日〜14日 わくわく団らん 五連で入線 のと鉄道へのJRのジョイフルトレイン入線は、平成8年の珠洲市で行なわれた「全国海づくり大会」にご臨席された天皇皇后両陛下がご乗車された「サロンカーなにわ」の.入線以後、頻繁に入線するようになった。今回は金沢総合車両所所属のお座敷列車「わくわく団らん」が約一年ぶりに能登線への入線を果たした。これは、のと鉄道が企画・募集した団体旅行で伊豆方面への団体列車となって運行された。線内の有効長の関係から通常の編成から一両減車した五両となって運転され、牽引機は七尾ー珠洲間は同じ金沢総合車両所所属のDE10 1116号機があたり、七尾から米原までは福井地域鉄道部敦賀運転派出所のEF81、米原ー三島(往路のみ)はJR東日本のEF65 1000番台が充当された。 |
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| 平成10年3月25日・26日 能都町民号”アストル”で運転される のと鉄道開業10周年目という区切りのよい日に今年の能都町民号は運転された。 今回はなんとJR西日本のジョイフルトレイン「アストル」を使用しての運行となった。おりしもこのアストルは、中間車が新造変更され、塗装も「のと鉄道」のカラーに近いものとなって再デビューしたばかりとあって、列車の全面には小さいながらもヘッドマークというよりヘッドサインも入れら、車内施設も豪華だったため乗客にも大変好評だったようだ。 列車は、JRへ乗り入れて加賀温泉までの運転となって、のと鉄道になってからの初めてのJRへの乗り入れ町民号となったが、借り入れ車のためか、町内の全駅に停車するという配慮は取られなかったようで、鵜川・宇出津のに二駅での分散の形を取った。帰路は乗客を宇出津で下ろしたあと、いったん珠洲まで向かってから折返しJRへ返却された。 |
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| 平成8年9月16日 のと鉄道にご乗用列車運転 珠洲市の蛸島漁港で開かれた「第16回全国豊かな海づくり大会」に臨席される天皇皇后両陛下のご乗車になる列車が和倉温泉ー珠洲間で運転された。宿泊先の和倉温泉を9時28分に出発、珠洲11時28分着のダイヤで運行された。牽引機は北陸地域鉄道部富山運転センター所属のDE10 1032とDE10 1035の重連で、のと鉄道入線にあたって第一エンド側を先頭とするため方向転換された。ご乗用車両は宮原運転所所属の「サロンカーなにわ」の四両編成となった。機関車には日章旗の取り付けなどの装備は行なわれなかったが、「なにわ」の両エンドには「のと鉄道」と「JR西日本」のロゴをあしらったテールマークが掲げられた。 この日は、海づくり大会参加者輸送のため珠洲ー蛸島間で4往復の臨時列車が運転されたほか、珠洲止まりの「のと恋路号」も蛸島まで延長運転された。 ちなみに試運転は7月下旬の重連単機に始まって、12系客車での運転の後、実際に「なにわ」を使用しての試運転となった。 |
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能登鉄道友の会 |